Carpathia III: Episode 2 - 電話


ニュー・ベレンガリア、ルーン・レイク地区、ジェイズの家

エレクトラ: ジェーイズ! 電話ーっ!

ジェイズは、突然、廊下中に響き渡る母の甲高い声で目が覚めた。 ジェイズは、平均的な十代の少年と同様程度かそれ以上に、自分の母親の事が好きだったろうが、母が叫んだ時の声は、怒っている時もそうでない時も、まるで、おろし金の毛並みをした怒り狂う猫に攻撃されるような感じだった。 ものぐさに、ベッドの上を転がって時計を見た。 8時。 今日は通常の授業がある日であるが、もうちょっと寝ていられる特権日なのに、電話で起こされるはめになるとは。 今日は、友人達と入学申請する予定の大学を見学する為、車で2時間程のネペレーに隣接する市まで、行く予定なのだ。(注:入学を考慮している大学を訪問する際、その日は高校には登校しなくてもいい許可がもらえる。) ジェイズは、両親と一緒に、すでにその大学を訪れたことがあるのだが、今回は、両親同伴ではなく、見学するつもりだった。

ジェイズ: 今、行くよ〜!

ジェイズは、眠気の中、できる限り大声で叫んだつもりだったが、母に声が届いたかどうかは定かではなかった。 ベッドから転がり出ると、2つの事を頭に浮かべながら、ショートパンツを手にした。 一体、誰がこんな時間に電話してくるんだろう? なぜ、携帯ではなくて家の電話なんだろう? 家の電話の番号を人に教えた事なんてないのに。

急いでショートパンツを履いてから廊下を突っ切り階段を降りると、母がリビングルームで電話の受話器を手に立っているのが見えた。 レトロなテクノロジーが大好きな母の趣味は、この電話機にも明らかに見られ、それは、ビデオ電話でないばかりか、コードレスですらなかった。 また、副次的に、それほど頻繁にではないものの、母は人の電話を立ち聞きするという機会を得られていた。

母が電話の受話器を差し出した。 唇を歪めて困惑した表情ながら、今にも笑い出しそうだった。

エレクトラ: いたずら電話かもしれないけど。 女の人の声だけど、自分の事をトッカストリアのマオー女王II(2世)であるとかって、言ってるから。

ジェイズは、精一杯、ショックを隠した。 いたずら電話ではない事は、承知していた。 すぐに、トーマとのトッカストリアへの旅行が、頭の中でフラッシュバックした。 その惑星にとって、ハーフではあるものの、史上初のネコミ人訪問者となり、それ故、即席有名人となってしまった状況に対処する為、多くの時間を費やすはめとなった。 その上、女王にさえ興味を持たれ、トーマと共に招待されてしまい、2人はそろって女王に謁見したのだ。 前もって、駐カルパチア大使のヴェリタスに、忠告を受けていた。 彼によると、女王は「精神をかなり乱されている」と言う事だったが、確かに、その通りだったのだ。

女王がジェイズを見て最初に行ったのは、まるで宇宙最後の男を目にした如く、ジェイズの上に激しく身を投げ出して来た事だった。 ジェイズは、すべて流れに身を任せ、その結果、2週間前に帰宅してからずっと恐れていた電話が、今ついに、かかって来た。 父親になるのだろうか? でも、トッカストリアでは、子育ては、両親だけではなく、コミュニティが大きな役割を担っているし、と案ずる一方、だがしかし、トッカストリアの女性は、一度に8人から12人もの赤ん坊を産むし、とも案じていた。 ジェイズは、不安と恐怖におののいた。

彼は母の手から受話器を受け取り、わざと、あやふやな言葉を使った。 たぶん、母は聞き耳を立てているだろうとは思ったが、ジェイズは、まだ、母がもうすぐ野球チームを丸ごと結成できるほどの数のルーキー全員の祖母になるかもしれないということは、伝えていなかった。

ジェイズ: ジェイズ・ボンドです、、、ええ、、、そうです、、、電話かけてもらってうれしいです、、、えぇ、、、あぁ、、、分かります、、、また連絡もらえますよね? えぇ、、、。 ありがとう、、、。 えぇっ、クレヨンなんて取ってないよ、、、ほんとですよ。 クレヨン持ってることすら知らなかった。 では、目を光らせておきます、、、 電話、どうもありがとう。。。 バイバイ。

ジェイズが電話を切ると、予想通り、母親がどこからともなく現れた。

エレクトラ: その女の人、ちょっと変わってるみたいね。

ジェイズは振り向き、大きくため息をついた。

ジェイズ: 想像を絶するくらいに。

母との会話を続けるのが、急に居心地悪くなってきた。 たった今、事実を知ってしまったので、遅かれ早かれ、その事を母にも言わなければならないのは分かっていたが、この気まずい現状からとりあえず抜け出す方法を見つけるのさえ容易ではなさそうだった。

ドアのベルが鳴り、正に助け舟となった。 ジェイズは、すぐにドアに向かって駆け出し応対した。 喜ばしいことに、トーマだった。

トーマ: ヨッ。

ジェイズ: 早いねー。

トーマ: 電話がかかってきた。

ジェイズは、すぐに肩越しに母の姿を探した。 どこにも、その姿はなかった。 隠れて聞き耳を立てているのか、それとも、家の中の別の場所に行ってしまったか。

ジェイズ: ぼくにも、電話が、あったよ。 僕の部屋に行こうよ。

ジェイズはトーマを家に入れると、急いで段飛ばしに階段を駆け上がり自分の部屋に向かった。 ここでもジェイズは母の姿が無いかをよく確認してから部屋に引っ込んでドアを閉めた。 2人はベッドに腰掛け、ジェイズはヒソヒソ声でトーマに話しかけた。

ジェイズ: 女王自身から電話があったよ。 どうやって僕の家の電話番号を調べたんだろ?

トーマ: 女王だからね。

ジェイズ: そうだったー。 馬鹿な質問だったよ。 とにかく、それは別にいいんだけど。 彼女、妊娠したよ。 胎児は一人しか生存できなくて、遺伝子スキャンでは、トッキ人とネコミ人と人間とのハイブリッドなんだ。

トーマ: おめでとう!

ジェイズは焦って両手を上げ、トーマを静かにさせようとした。

ジェイズ: 声、大きすぎるよ!

トーマ: まだっ、両親に、話してないのかっ?

罪悪感を十分感じていたジェイズに、トーマが、さらに追い討ちをかけた。

ジェイズ: 確認できるまでは、何も言いたくなかったんだー。 今となっては、もう言い逃れのしようがないけど。 今日、大学見学から帰ってきてから、言おうかな。 トーマに、その時、ここに一緒にいてほしいんだけど。 トッキ社会について説明すること沢山あるし、僕では、不十分だよ。

トーマ: 分かった、大丈夫だ。 心配しないで。 確かに、女王はかなり変だけど、その事以外、あの日起こったことは、それほど珍しいことではないさ。

ジェイズ: トーマにも電話があったんだよね?

トーマ: 護衛のミンジとアエチャから。

ジェイズ: ちょっとまってよ、、、もしかして、僕が女王とどうにかなってる最中、トーマは、あの2人と、、、、

トーマ: 何度も言おうとしたんだけど、ジェイズがあまりにも気をもんでいたからさ。 ジェイズが女王とどうにかなってる間、僕は、ただ指咥えて座ってたわけじゃないんだ。

ジェイズは一瞬考えたが、確かにトッカストリアの超性行動的文化を見れば、それは起こって当然だった。 ジェイズは自身の問題を抱えてはいたが、あまりにも長い間トーマの事を頭に入れていなかった事に対しても、罪悪感を感じ始めていた。 思い起こすと、トーマは、自分の問題までジェイズに心配させまいと、彼なりの努力をしてくれていたようだった。 ジェイズがジェイズ自身の事だけにかまけていられるように。

ジェイズ: ごめーん。 旅行が終わるまで、僕に余計な気を使わせないようにしてたんだねー。

トーマ: まぁ、そうかな。 それでよかったと思うけど。 ジェイズの、セックスや結婚や子供についての考え方を、僕は、まだ、理解しようとしている途中だからね。 そうゆう事が、トッカストリアとカルパティの、一番大きな違いだと思うし。

ジェイズは、ベッドの上で、急いでトーマに身を寄せると、トーマの脚に手を置いた。

ジェイズ: 世紀末ってわけじゃないし。 一緒に乗り越えられるよね。 パパとママにちゃんとトッキ社会について説明して、2人がショックから立ち直ったら、たぶん、すべて丸く収まるよね、きっと。 ところで、トーマの方は、全部で何人なの?

トーマ: アエチャは9人。 ミンジは11人だ。

ジェイズは、頭の中で数を数え始めた。 計算するのは得意だと思っていたが、学校でテストを終えるのは、いつも、最後の一人だった。

ジェイズ: それに、僕の1人を足すと、、、

トーマ: 21人だ。 女王は、胎児の性別も教えてくれたのか?

ジェイズ: 男。

トーマ: だったら、あのクイーンズ・タワーに住む必要はない。 女の子孫だけがあそこに残されるんだ。 心配することはない。 いつでも好きな時に自分の息子を訪問することができるし、コミュニティが育ててくれる。 パパと女王は、息子がちゃんと面倒みてもらえてるか確認できる。

ジェイズの心は、二つの混じり合う思いでかき乱れていた。 一方では、子育てに参加すると言うさらなる困難な状態を避けながら大学を卒業できるという考え方、と、他方では、その考え方はどこか間違っているという思いだった。 脳内では、コンピューターが代数計算するくらいの速度で、その考え方についての正当性と不当性を判断しようとしていた。 たぶん、結局のところ、そうゆう考え方で進めたほうが、よい結果となるのだろう。 彼の息子は、半分はトッキ人なのだから、おそらく、トッキの文化社会に浸透できる時間が必要だろう。

ジェイズ: 考えがまとまらないな〜。 アデルやみんなが来るまで、あと2時間くらいあるから、なにか飲み物でも持ってこよう。

つづく。。。

本エピソードのイラスト委託作成:
Miyumon
Kurama-chan

「都市」の画像は、「SimCity 4」の画面です。

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