Carpathia III: Episode 4 - 跡形、無く


ニュー・ベレンゲリアの何処か

カルパティ・シティーから大学のあるネペレー市郊外に向かう道のりは、途中に面白そうなものがほとんど無く、長く退屈なものだった。 運転中のアデル以外は皆、道路があまりにがらんどうで、不安になってきていた。 でも、まだ多少、楽しむ事はあった。 ドリンクとチップスは在庫十分だったし、バックパックの中をいじくり回しているアルテミスの様子を観察したり、今カオルが手にしているジェイズの新しいカメラ兼ミュージック・プレイヤーを賛辞したりして、忙しそうにしていた。

カオル: この薄さは、すごい。

カオルはジェイズのカメラを持ち上げ、側面から眺めた。 板金より多少厚いくらいで、しかも、フレキシブルだった。

カオル: 写真とビデオも撮れるって、言ってたっけ?

ジェイズ: うん。 それに、半径7メートル球体の立体映像も撮れるんだよー。 メモリーが一杯になるのは、10時間くらいかな。

アデル: どうして、靴下の中に入れてるんだ?

トーマ: 前のカメラを盗まれてから、ずーっと、そうしてるみたいだ。

カオル: えぇっ? いつの話?

ジェイズ: ちょうど、トッカストリアに行く直前だったんだー。 ほんと、頭にきたよー。 そのカメラを持って行くつもりだったんだけど、でも、その代わりに、向こうでこの新型カメラ、手に入れたからねーっ! すっごく薄いから、靴下の中に入れてても、誰にも気づかれないよ。 ほとんど膨らまないからねー。

カオルは、車の窓から外にカメラを向け、風を切って流れ行く木々の写真を撮った。

カオル: わっ、全然、ぼやけてないや。 たいしたもんだ。

カオルがジェイズにカメラを返すと、ジェイズは彼がたった今撮った写真を見た。 まるで、木々は静止していたかのように、鮮明ではっきりしていた。

ジェイズ: ねぇ、アデル。 いま、どの辺りなの〜? パパとママに一緒に行った時に、こんな風景、目にしたような気がしないんだよね〜。

アデル: 近道なんだ。

カオル: 大丈夫かい? 10分くらい、全然、車、見てないよ。

ジェイズ: もし、これがほんとに近道だったら、知ってる人、もっと沢山いるよね〜。

アデル: 大丈夫だって! まかせろって!

トーマ: トッカストリアでは、その言葉は、縁起が悪い。

ジェイズ: 有名な最期の言葉もあるよ。 もし道に迷うのなら、かわいいバニーと一緒に迷え。

ジェイズはトーマに寄り添うと、彼の肩に頭をのせた。 と、その時、アルテミスの方から、騒ぎ声が聞こえて来た。

アルテミス: 離れろ! 今、大事なところなんだ!

アデル以外、皆がアルテミスの方を向くと、アルテミスは、彼のバックパックをしきりに覗き込もうとしているリュウを手で追い払おうとしていた。

リュウ: おやまあ、いいではないですか! 何が入っているのか、見せて下さい!

アルテミス: だめだ! まだ、だめだ!

リュウ: 皆さんも、見たいと思います。

アルテミスが顔を上げると、皆の注目を集めていた。

アルテミス: ああ、仕方がないな。 君を、静かにさせるためだ。

アルテミスは、バックパックに手を入れると、それぞれ高さ約60センチのフィギュアを、2体、取り出した。 一つは、青灰色の髪で、青色のコートと青みがかった眼鏡を身に着けた、人間の男性のような外見だった。 耳と頭の後ろからは、アンテナが突き出ていた。 もう一つは、ネコ・ヒューマン人の女性のような姿で、緑色の髪をしていた。 男性の方とは違い、アンテナは、なかった。

カオル: 人形っ?

アルテミスの血走った両目は、いら立ちで狭められ、穴が開く程、カオルを凝視した。

アルテミス: 人形などではない! 私のミニ・アンドロイドだ! 大学のロボット工学の研究室に見せて、調節してもらうつもりなのだ。

アルテミスは、青い服の男性の方を持ち上げた。

アルテミス: こいつは、フォボスだ。 第一号のプロトタイプで、ほとんど完成している。 健康診断と、多少、バランス調整をしてもらいたいのでな。

次に、ネコ・ヒューマン女性を、持ち上げた。

アルテミス: こっちは、ダイモスだ。 まだ、機能的に未完成だが、完成した際には、すばらしい物になる。 送受信装置は、尻尾と両耳に埋め込んである。 フォボスのものよりも、より高性能であるし、バランス維持機能も兼ねている。

今回だけは、皆、アルテミスの創作品に対し、単純に脅威というよりは、畏敬の念を抱いた。 過去に彼が創造してきた物は、予期せず爆発するという厄介な習性を持っていたが、これら2体は、はるかに危害が少ないように見えた。

ジェイズ: うっわーっ、これまでに作った中で、一番、クールなものだねー。 ちょっと、ひとつ、見せてくれる?

アルテミスは、ジェイズとフォボスの間に、何度も視線を往復させた。 そして、ようやく、フォボスを取り上げると、ジェイズに手渡した。

アルテミス: 注意して、扱ってくれ。 まだ、弱い部分すべてを掌握しているわけでは、ないのでな。

ジェイズは慎重にアルテミスの手からフォボスを受け取った。 見た目よりもかなり重く、ゆっくりと手足や関節を動かしてみたが、作動していないように思えた。 ジェイズは、フォボスを裏返し、電源スイッチのようなものを探した。

ジェイズ: スイッチ、どう入れるの?

アルテミスは、バックパックから小型タブレットを取り出し、スクリーンをタップした。 すぐに、フォボスは目を開くと、ジェイズの手から膝に飛び移ったが、すぐに倒れ、何度か起き上がろうと試みたが、うまくいかなかった。

アルテミスは、バックパックから薄くて平べったい本を取り出し、ジェイズに渡した。

アルテミス: 言ったように、まだバランスの調整をしている段階なのだ。 フォボスと君の膝の間に、この本を置いてみてくれ。 この状態から作動をかけた場合にどんな動きを示すか、興味があるのでな。

ジェイズは本を手にし、立ち上がったフォボスの下に、即座に滑り込ませた。 車の揺れのせいで、立ったままの姿勢を続けるのは、容易ではなさそうだった。

アルテミス: フォボス。この方がいいか?

フォボス: いいですが、足場が安定していません。

カオル: すっごーい! 喋ってるよ!

アルテミス: フォボス、私たちは車の中に居るんだ。 車というのは、、、

フォボス: 車。 人や軽い荷物を輸送するために作られた個別運送機関。

アルテミス: まあ、言語プログラムは正常に動作しているようだ。

フォボス: この車両は、ヘラクレス・ヒッポブロントハマー EXL V16 スモー・エディションです。 分析結果によると、非常に非効率、無駄な車内空間、また、相対的には見掛け倒しの機関です。 よい選択ではありません。

カオル: わっ、優秀だー。

アデル: くだらないロボットまで、批判的発言するのかよ。

ジェイズ: すっごーい。他に何ができるの?

アルテミス: 完成したら、何でもできるようになる! 夕飯を作ってくれるぞ。 それにだ、1万件以上のプロフィール設定を埋め込んであるので、君の好きな性格のキャラクターのように振る舞わせることもできるぞ。 リストを見たいかね?

アルテミスは、コントロール・パッドをジェイズに手渡した。

アルテミス: アルテミス: 微調整のボタンには触れないようにな。 それと、カオルには、渡すなよ。 滅茶苦茶にボタンを押しそうだからな。

カオル: なんだよー!

ジェイズが広範にわたるプロフィール・リストに目を通すのには、多少時間がかかった。

ジェイズ: ほんとに、これは、膨大だねー。 元気一杯、眠そう、気難しい、楽しそう、悲しそう、、、。 わっ、変なのもあるねー。。。 イヤな女、高慢セレブ、皮肉屋、売人、飲み助、プレッピー、ゴス、エモ、小綺麗、恐がり、しつこい、ヒッピー、おたく、エキゾティック・ダンサー、ポルノ・スター、オペラ歌手、、、。 あぁっ、アデル向きだよ、これ〜。「ゲイ・SMボンデージ」だって。

アデル: ハッハッハ。 ほんとのところ、レザー野郎の1人と、一週間、付き合っただけさ。 今では、僕がボンデージ・キングみたいなもんだからね。

ジェイズ: 1人だけ? 僕が知ってるだけでも、2人いるよー。

カオル: 僕は、5人、知ってる。

ジェイズ: 5人も?!

カオル: ジェイズとトーマは、ずっと、ここに居なかっただろ。

アデル: あれはっ、もう、過去の話って事で、いいだろぉ?

いつもなら、ジェイズは、もっと、アデルをいじりたおし続けるのだが、今は、膝の本の上に立っているフォボスにより興味を引かれていた。

ジェイズ: どれか、プロフィール設定、試してもいいかな?

アルテミス: どうぞ。 もうすぐ、いろいろ組み合わせて人格をカスタマイズできるようにするつもりだが、今のところ、選択できるのは1つだけだ。 だが、「ジャスティン·ビーバー」だけは選択するなよ。 削除しないとな。 とあるAI(人工知能)用のデータベースでそれを見つけて、使用したんだがな。 そのプロフィールに設定する度、何かに小便するんだ。

ジェイズはリストを見渡した。 不承不承だったアルテミスの気分が大きく変わり、ジェイズにフォボスの実験をさせようとしているなんて、自分の創作品を自慢したくなったのかなと、ジェイズは思った。

ジェイズ: うーん、、、これが面白そうだねー。 「エセル·マーマン」。

ジェイズがコントロール・パッドをタップすると、フォボスはすぐに大音量で歌い始めた。

フォボス: (「ショーほど素敵な商売はない」を歌っている。)

運転手以外は、皆、耳を塞いだ。

カオル: 音量調節、できないの?!

ジェイズ: ボリューム、見つからないよー! 別のに変えてみるよ。

ジェイズは急いでコントロール・パッドの別のプロフィールをタップした。

フォボス: ヘイヤーッ!!

*ザッビューンッ!*

ジェイズが何が起こったのか気づく前に、すでにフォボスはジェイズの顔に飛びつきがっしりと掴んでいた。 ジェイズはコントロール・パッドを落とし、フォボスを揺さぶり始めたが、小さな体にもかかわらず、力強かった。

ジェイズ: わゎゎーっ! 離してよー!

アルテミスは、すぐにコントロール・パッドを手にし、別のプロフィールを選択した。 フォボスは、たちどころに離れ、本の上に落下した。

アルテミス: 注意しろって言っただろ! 「フライング・デス・忍者」のプロフィールを選ぶとは。 こいつが大丈夫か、自己診断プログラムを実行してみよう。 大丈夫なはずだがな。 君よりもサバイバルできるように作ってあるのでな。

ジェイズが鼻をさすっている間、アルテミスはコントロール・パッドにコマンドを打ち込んだ。

ジェイズ: 僕のせいじゃないよ〜。 あの特定のプロフィール1つだけは、選ぶなって、言ってたじゃないかー。

アルテミス: 「フライング・デス・忍者」よりも他のを選択する常識があると思ったのでな。 人工腱の一部に軽いストレスがあるようだが、大丈夫のようだ。 実際、よいストレス・テストになった。

ジェイズ: マジで、なんで、「フライング・デス・忍者」なんて入れてあるの?

アルテミスは、話しながら、慎重に、フォボスとダイモスをバックパックに入れた。

アルテミス: 言ったように、どんな事でもできるように設計した。 スパイ活動、可能なようにな。 敵に潜入したり、隣人を盗聴することもできる。 暗殺者にもなれる。 何でも、君の望むようにな! 軍事的用途向きにプログラムしたが、一般家庭向きにも考慮してある。 それに加え、万が一、良からぬ者の手に渡った場合は、原子力動力源を爆発させればいいだけだ。 ミャッ、ハッ、ハッ、ハッ!

と、その直後、アデルが急ブレーキをかけ、車が道から逸れ、皆は車両の左側に押さえつけられた。

アデルは、エンジンをかけたまま車両の外に飛び出し、ドアを閉じることもなく、全速疾走で数十メートル離れた。 少なくともギアを駐車に入れるだけの分別はあったが。

アデル: バカ野郎! 何が入ってるのか聞くべきだったって分かってたのに! まさか、核兵器を持ってきてるのか!

アデル以外も皆、車から出て来て、不安そうにはしていたが、アデルのようにパニックにはなっていなかった。 アルテミスは、頭から湯気を出していた。

アルテミス: なんて臆病者なのだ! まだ起爆装置を繋げていないから、動力源は全く安全だ!

アデル: 今までの数年間に、さんざん色々爆発させてきたくらいに安全なのか?

アルテミス: 私の過失では、なかったぞ!

ジェイズ達は、2人の口論を見ながら、収集には時間がかかりそうだと悟った。

ジェイズ: あ〜ぁ、しばらくかかるねー。 木の向こう側で、ちょっと、おしっこ。

トーマ: 僕は、ここで、2人の余興、見物してるよ。

ジェイズは、大きな松の木の茂みに向かって歩いて行った。 大声を上げているアデルとアルテミスの声があまり聞こえてこないようにと、長い距離を歩いた。 ちょど良い大きさの木の幹を見つけ、その背後に滑り込むと同時にズボンのジッパーを下ろした。 アルテミスの奇妙なパペットに酷い目にあわされた後のこのひと時、一息つけてホッとし、緊張感が何かと一緒に体外に排出されるにつれ、ぼんやりと思いに耽っていった。

作業完了しズボンを上げると、何も聞こえてこない事に気づいた。 アデルとアルテミスの怒鳴り声も。 鳥のさえずりも。 と、その時、しんと静まりかえった不気味な静寂の中に、パニック状態の叫び声が突き抜けた。

トーマ: ジェイズ!!!  わっあー。。。

トーマの声は、ナイフで切断されたかのように途切れた。 ボーイフレンドの危機に完全に気が動転したジェイズは、慌てて木の後ろから飛び出すと、トーマの名を呼びながら全力で走った。 何が起こっているのか理解する前に、オレンジ色の霧が立ちこめていることに気づいた。 皆が居るはずの場所に行き着くと、そこには何も無かった。 霧の中、よろめきながら歩を進めると、青色さえもオレンジ色に変わっていた。 そして、足下の地面は消え去っていた。 無の中を落ちて行くと、オレンジ色は黒色に変わった。

つづく。。。

本エピソードのイラスト委託作成:
Miyumon
Atomic Clover

「都市」の画像は、「SimCity 4」の画面です。
「ワームホール」(「SimCity 4」より)画像加工:Jporter

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