第1巻 エピソード1 - 転校生


宇宙、惑星ニュー・ベレンガリア近傍。

かつて、図らずも、6人の若者が友となった。 後に、彼らは、悪を滅ぼすため団結することとなるのだが、その時が来るまでにも、各々は、自らの意思に反して送り込まれた見知らぬ世界で、それぞれの危難と立ち向かう。 これは、彼ら6人の物語である。

アデル: うーん。 こんな古くさい伽話は、読む気しないな。

アデルは、二段ベッドの下段からの物音を耳にし、タブレットの読書アプリを閉じた。 そして、また一人言をつぶやいていたなと、思った。 皺がよって縮んだ枕の上に、仰向けに体を投げ出して、たまには眠ってみようかな、と考えていた。 そんな考えをめぐらしながら、あくびをした時、宇宙船が激しく揺れ、心臓の鼓動が早くなった。

その宇宙船の中で2週間を過ごすのは、容易な事ではなかった。 アデルは、惑星ニュー・ベレンガリアで母親と一緒に暮らす予定なのだが、今回の渡航費用をめぐっては、彼の離婚した両親がさんざん口論した結果、やっとのことで、父親が負担することで決着した。 しかし、惑星間航路の乗船チケットは非常に高額なので、彼の父は、手間と数週間もの時間をかけ、最も安いチケットを購入した。 あと数百レン(「レン」は通貨単位)分、高いのを買ってくれてたら、わりと快適な旅だったろうし、惑星間旅行の一番の重要点である所要時間、時間が、1週間しか、かからなかっただろう。 だが、このおんぼろ宇宙船だと、倍の2週間もかかり、そのため、学期の始まりに3日も遅れてしまうことになった。

もしも旅行が快適だったなら、アデルも、欠席する3日間の事についてはあまり気にしなかった。 だが、帝国時代以前の改造貨物船での旅行は、快適であるはずがない。 船は絶え間なく揺れ、その度に、宇宙の絶命真空から自分を隔離しているのは、わずか数インチの金属と絶縁体にすぎないという事を、アデルは再認識した。 彼と宿泊部屋をシェアしているのは、モジャモジャの髭面で、常に下半身を掻いている落ち着きの無い癖のある不快な奴だった。 それにもかかわらず、アデルは部屋から、あまり出ることはなかった。 ロビーでは、いつも、小便のような匂いがしたし、それに、いかがわしい連中が徘徊していた。 そのため、彼が部屋から出るのは、トイレを使う時か、腐りかけのサンドウィッチを取りに行く時だけだった。

こんな具合で、アデルは2週間の旅行中、ほとんど眠っていなかった。 彼が船内で唯一楽しめたのは、宇宙船の図書室からダウンロードした本、ビデオや、ゲームだった。

揺れが非常に激しくなった時、アデルは本能的にベッドにしがみつき、宇宙船が分解してバラバラになるのではと怖くなった。 すぐに、そんな考えは無意味だと気づいたが、不安感は消えなかった。 その後、船長のアナウンスが放送されて、ようやく、多少、気が休まった。

乗客の皆様、キャプテンより、ご案内、申し上げます。 当船は、只今、超速航行モードを抜け、クロノ・スペースポートへの通常の飛行ルートを進んでおります。 皆様には、船内で快適にお過ごしいただけたかと思っております。 ニュー・ベレンガリアでのご滞在をお楽しみいただけますよう、乗員一同、心より願っております。

アデルは、居場所を変えなかった。 もしも万が一、墜落炎上するような事態となる際には、窓の近くに居て前もってその事を知ってしまうのが嫌だった。 だから、ベッドの上に、ずっと居た。 船が、スペースポートに向かって下降を続け、揺れながら惑星の大気圏を通り抜けていく間、ずっと。


惑星ニュー・ベレンガリア、ルーン・レイク地区。

カルパティ・シティーは、惑星ニュー・ベレンガリアにある「ニュー・カルパティ惑星連邦」の首都である。 その地区の一つ、ルーン・レイクは、かつては、郊外の閑静な住宅地だった。 カルパティ・シティーが、人口1000万を超える巨大都市に急成長を遂げ、それに伴って、市街地開発が無秩序に拡大し、その開発に飲み込まれたルーン・レイクは、今では、その新市街地の一部となっている。

ルーン・レイク地区の一番の特徴は、カルパティ・シティーのゲイの拠点エリアとなっていて、国内で最大かつ最もけばけばしいナイトクラブが、いくつかある。

エリアには、巨大なプライド・フラッグが、はためく。

ビーチもある。

ショッピングも、たっぷり楽しめる。


ルーン・レイク高等学校


ルーン・レイク高校は、地区内の最初の高校である。 左側の建物は昔からの校舎で、右側の大きい方は、急激な生徒数増加に対応するために建てられた新校舎である。

アデルは、アンドラストからニュー・ベレンガリアに到着した翌朝、始業時間前に事務室で履修届を提出するため、早起きした。 前の晩は、睡眠を取る時間があまりなかったし、旅行中も、ほとんど寝ていなかった。 高校までは歩いて行ける距離なのだが、今日の初登校は、危険な道のりとなった。 疲労と寝不足で、アデルは、まるでゾンビのごとく足を引きずりながら、ダラダラと歩いていった。 大都市の朝のラッシュ時には、車の水素エンジンの微音は、ほとんど全く耳に入らず、そのため、アデルは、二度も、車にはねられそうになった。 ぶらぶらと彷徨(さまよ)い歩き、ちょうど、校門の前を通り過ぎそうになりかけた時、バックパックを背負った別の生徒とぶつかったので、かろうじて行き過ぎずにすんだ。

事務室を見つけるのは、時間がかかったが、履修登録の手続きは、幸いにも、すぐ済んだ。 アデルは、名前を確認されてから、学校用タブレットを受け取り、それから、教室に連れていってもらうため、担任の先生が呼ばれた。

先生はすぐにやってきて、アデルにあいさつした。

先生: こんにちは、アデル。 間に合ったようだな。 ちょうど、ホーム・ルームが始まるところなんだ。 私の名はマクファーデンで、君の担任だ。 さっそくだが、教室に行けるか?

アデルはうなずいて、先生について行くのを身振りで示した。 大あわてで各々の教室に突進して行く生徒たちを避けながら廊下を歩いていく間、アデルは精一杯、あくびを我慢していた。 が、ついに、我慢しきれなくなってしまった。

アデル: あぅふわわわぁ~

マクファーデン先生: ひどく眠いようだな。 いつ着いたんだ?

アデル: 昨日の午後です。 トランスプラネタリー・スターラインで。

先生は、驚いた様子で、アデルを見た。

マクファーデン先生: トランスプラネタリー、って。。。

先生はアデルの肩に手を置き、小声で話した。

マクファーデン先生: ひどく疲れているだろう。 今日は、出来る範囲の事だけやって、教室では居眠りしないように頑張ってくれ、いいな?

アデル: 努力します。

歩き続けてる時、先生はつぶやいた。

マクファーデン先生: あんなポンコツ船団は、まるごとひっくるめて、スクラップ処分場送りにすべきだよな。

さらに歩き続け、ようやく教室に着いた。 教室の中には、20人の生徒が着席していて、雑談をしていた。 先生が教室に入ってきた時、生徒たちは姿勢を直すような態度はとらなかった。

マクファーデン先生: アデル、ちょっと、ここに立っていてくれ。 時間は、あまりかからない。 できれば、ほんの数分間、あくびをしないよう、我慢してくれ。

先生は、教室の生徒たちに、注意を向けた。

マクファーデン先生: さあ、みんな、自分の席に着いて。

生徒たちは皆、すぐに雑談を止め、着席した。

マクファーデン先生: アンドラストから来たばかりの、アデル・アマランス君だ。 彼は、長旅のせいですごく疲れているようなので、必要な時は休息してもいいと許可した。 他の者は、同じ事をしてもいいなどと誤解しないように。 彼が欠席したクラスの内容を、君たちから説明してやってくれ。 アデル、教室の隅の方に、空いてる机があるから、そこに着席してくれ。

アデル: わかりました。

アデルは、先生に指示された机に進んで行った。 クラス中の視線が自分に向けられて、自分が査定されている事に敏感に気づいたが、たいして、気にしなかった。 前の学校で、新しい生徒が年度の途中で転入してきた時、自分も同じ事をしたからだ。 しかし、他の生徒たちよりはるかに念入りに、彼を凝視しているように思われる赤毛の男子がいた。 アデルは、その男子を上から下まで、すばやく見て取った。 その赤毛の男子が、その内、厄介な存在になるのかどうかは、今はまだ分からなかったが、念のため、頭に入れておこうと思った。 そして、それは難しくはなかった。 その男子は、高級ブランドで堂々と着飾ってはいたが、まるで、サーカスのピエロに誂(あつら)えたようなコーディネートだった。 服の色や柄、アクセサリーは、互いにマッチするかどうかが全く考慮されずに、組み合わされていた。 ただ、少なくとも、そのめちゃくちゃなファッションの下は、いい体つきをしているように見えた。 赤毛の男子の外観をきちんと記憶にしまい込んでから、アデルは、彼から目をそらして無視しようと努力した。

アデルは着席すると、床にバックパックを下ろし、マクファーデン先生が言っていることに注意を払おうとした。 アデルが聞いた限りでは、先生の話は、一般的な学校のニュースやお知らせだったが、すぐに話の内容に集中できなくなっていった。 しだいに、先生の声は、背景音にすぎないようになり、アデルの心は眠い霧の中で、彷徨(さまよ)うようになった。

再び、クラスが現実の世界となるまで、ほとんど時間が経ってないように思えた。 生徒たちは立ち上がって、互いに話しをしながら、自分たちの持ち物をまとめていた。 たぶん、ホームルームが終わったんだと、アデルは思ったが、自分の次のクラスが何だったかとか、何処の教室だったかとか、全く見当もつかない事に、突然、気づいた。 彼は、タブレットを手に取り自分のスケジュールをチェックしようとしていた時、誰かが彼の机の上に手を叩きつけた。 アデルが顔を上げて見てみると、さっきの赤毛の男子が自分を睨みつけていた。

赤毛男子: お前、やっと、戻ってきたんだ。

アデルが、その赤毛の男子に前にも会ったことがあるのかなと、慎重に考えている間、2人の間に気まずい沈黙が拡散した。 だが、何も頭に浮かんでこなかった。

アデル: わるいんだけどさ、8才の頃から、この地域には住んでないんだ。 僕のこと、誰か別の奴と混同してるんだと思う。

赤毛の男子は、ひどくショックを受けたようだった。 そして、まるで、アデルの机が恐ろしい病原菌で汚染されていのかのように、さっと、手を引っこめた。

赤毛男子: 分かったよ! そうゆう事にしとこう!

赤毛の男子が足を踏み鳴らしながら、教室の外に出て行くのを、アデルは困惑しながら見ていた。 もし、赤毛の男子の名前さえ知れば、記憶を呼び起こすかもと思ったので、誰かに聞こうと、周りを見回した。 一番近くにいたのは、彼に背中を向けているネコヒューマン人の男子だった。 アデルは、自分の顔の近くにぶらぶらしている彼の尾っぽの先っちょを、優しく軽く叩いた。

アデル: すいません。

ネコヒューマン人の男子は振り向いて、興味深げにアデルを見た。

ネコヒューマン男子: やあ。 君、アデルだよね? 僕は、ジェイズ。

アデル: よろしく、ジェイズ。 あの赤毛の男が誰だか、知ってる?

ジェイズ: ああ、あれはミタニだよ。 彼のことは、気にしない方がいいよ。 いつでも不機嫌だから。

アデル: ミタニ、、、ミタニ、、、 いや、ミタニって名前、全く、心当りがない。

アデルが考えをめぐらせている間、ジェイズはアデルのタブレットを見ていた。

ジェイズ: 君のスケジュール、どんなかな? 見せてよ。

アデルは、アドバイスを期待しながら、タブレットを手渡すと、ジェイズは、すばやく目を通した。

ジェイズ: 君の次のクラスはこの教室だから、このまま、ここに居ればいいよ。 僕たち、同じクラス、結構あるみたいだね。 歴史。倫理。現代幾何学。 それに、昼休み前の英語のクラス。

ジェイズは、眉を上げて、近くに立っている男子に目をやった。 その男子は、別の生徒の肩を叩いてから、2人に加わった。

ジェイズ: カオルと僕は、ランチタイムに、お寿司を食べに行くつもりなんだよ。 アデルも、行く?

カオルは、眉を上げて、怪訝そうにジェイズを見た。

カオル: 寿司、食べに行くの?

ジェイズ: いいよね?

カオル: まあいいけど、でも、全然、金もってないよ。

ジェイズ: って、また、あの件なの?

アデルには、2人が何の事を話してるのか、知るすべもなかった。 カオルが目をそらすのを、アデルは、ただ見ていた。

ジェイズ: お金の事は心配しないで。 僕に、まかせておいてよ。

カオル: ふーん。 でも、結局それって、最終的には君のお父さんが支払うってことだろ。 君のお父さんに何か出来る事あったら、後で教えてくれよな。

ジェイズ: じゃ、決まりだね。 アデルも、来るよね?

考える必要は、なかった。 アデルは、早く友達ができたらいいなと思っていたし、楽しい事を待つのは、時間をやり過ごすのにも役立つ。

アデル: もちろん、行くよ。 その時間になったら教えてくれ。

ジェイズ: 大丈夫。 僕たちは、同じクラスだからね。

アデルは、もうすでに、ミタニとの奇妙な出会いの事は忘れ、新しい友達との出会いに期待を抱きながら、午前の残り時間を過ごした。


つづく。。。


本エピソードのイラスト委託作成:
Miyumon
Atomic Clover
Kurama-chan
Catnappe143

「宇宙船」Photoshop画像修正:
Jporter

「都市」及び「宇宙船」画像は、「SimCity 4」の画面です。


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