Carpathia III: Episode 9 - ロスト


ネクラメンティア兵舎

ジェイズが冷却室を走り出ると、瞬く間に、溶鉱炉並の暑さが襲ってきた。 冷却室から続く殺風景な小さな部屋には、右側にドアがあった。 ジェイズは、ドアに向かって突進し、走り抜けた。 ドアの外には、片側の壁に窓の連なる曲がった通路があった。 半狂乱状態で、周りを見回し、出口を探した。 右側は、行き止まりだった。 左側を見ると、ペスティレンスの背中が目に入った。 ペスティレンスは、猫耳と尻尾を持った子供とティーンエイジャーのグループに向かって、話をしていた。 ティーンエイジャーが、ジェイズの姿を見つけ、ペスティレンスに後ろに振り向くように、促した。

ジェイズは、別の出口を見つけようと、周りを見回した。 後ろの壁の上の方に、大きな通気口があり、そのダクトカバーが外れそうになっているのに気づいた。 ぐいっとつかんで引っ張ってみると、簡単に、外れた。

ペスティレンス: おい、お前、、、

ペスティレンスが言葉を続ける前に、ジェイズは彼に向かって通気口カバーを投げつけると、それは彼の胸に当たり、ペスティレンスは後ろにいるネコヒューマン達の群衆の中に崩れ落ちた。 ジェイズがシャフトに跳ね上がるとすぐに、周辺の赤色ライトが点滅し始めた。

通気口は、なんとか通り抜けられるくらいに幅広く、ジェイズは、残っている体力すべてを使って、身をよじらせながら進んだ。 アドレナリンだけが、ジェイズを前進させているものであり、少し前の脱水状態からのめまいを起こさせないものだった。 外に出られるか、最悪でも、此処が何処なのかが分かるような開(ひら)けた場所に出られるかと、ジェイズは望んでいた。 通気口の中で、岐路に出くわした。 一方は、通気口ダクトから光が差し込んでいる仄かに明るい路、もう一方は、暗闇だった。 ジェイズは明るい方を選んだ。 だが、そのダクトカバーは、前のとは違って緩んでおらず、3回蹴ってみたが外れず、諦めて、暗闇の路を体をうごめかしながら進んだ。

暗闇の路は、すぐに行き止まりになり、そこには暗闇の空間へ降りる梯子があった。 その箇所では、通気口のトンネルは幅がより広くなっていて、ジェイズは体の向きを変えながら梯子を掴んだ。 一歩づつ降りるごとに満足感のようなものを感じ、少なくとも、降りて行くにしたがい、暑さが和らいできていた。 長い梯子を降りきると、そこは、がらんとした大きな暗い部屋だった。 床は、湿っていて柔らかい感じで、ゴミが散乱していた。 壊れた錆び付きのある梁(はり)や、曲がった鉄板の塊や、いろんな鉄くずの塊が、至る所に転がっていた。 部屋の壁付近には、穴だらけの錆びた貯水タンクが、いくつかあった。

部屋の向こう側にある重そうな金属製のドアの隙間から、かすかな明かりが入ってきていた。 そのドアには、錆び付いた鉄の車輪がついていた。 ジェイズは、そのドアに向かって走ると、ゆっくりと、そのドアを開けた。 辺りを見回したが、誰もいなかった。 足を踏み出し、周辺を眺めた。 目の前には、円筒状の長い通路があり、左側には、螺旋階段が上に向かって延びていた。 階段を登るのは、元の場所に戻りそうな気がして、通路を進んで行った。

走りながら、通路の壁に並んだ大きな窓から、外側をちらりと見た。 期待したような空も雲もなく、ただ、茶色の砂が窓ガラスの周りに渦巻いているだけで、まるで、上下逆さまの砂景色のようだった。

ジェイズが、出来るだけ速く通路を走っていくと、ついさっきまでいた部屋のような、ゴミだらけの広大な部屋に続いていた。 その部屋を通り抜け、別の通路を、さらに進んだ。 その通路は、狭く、窓も無く、古臭い黄色電球で照らされていたが、そのせいで、ジェイズは、自分が出口ではなく兵舎の深層部に向かっていると感じた。 誰かが後をついてきているかもしれないとも想像し始めていたが、気にせずそのまま計画を進めた。

そして、ついに、非常に大きく円形の部屋に、出くわした。 その薄暗い部屋の中では、互いに離れている電球が、いくつか、ちらちらと明滅していた。 ぐらぐらする鉄製のキャットウォークが数路、何本もの大きな金属製パイプを周りをジグザグと進みながら、部屋の中央に向かって集まっていた。 キャットウォークは、巨大で深い穴の上に吊るされていたが、その穴の底は、見えなかった。 だが、明らかに、何かの音がしているようだった。 穴の底から上がってくるのは、ゴボゴボする音や、ざあざあと水が飛び散る音、だった。 その穴からは、冷たい空気が吹き上がり、部屋全体がひんやりとしていた。

部屋には、同じように見えるドアが、8つあった。 どのドアが出口に向かっているかなどと、考える理由も、暇も、なかった。 ジェイズは、中央に向かってキャットウォークの上を走った。 足を着ける度、ガタガタ、ガチャンガチャンと音が鳴り、そして、穴の真上、巨大な部屋の中央に、やってきた。

ミラージュ: 遅かったな。

ジェイズは、体の向きを急に変え、てすりにもたれながら立っているミラージュを目にして、愕然とした。

ジェイズ:君!

ミラージュは、てすりから身を起こし、ジェイズに向かってゆっくりと歩いて来た。

ミラージュ: 本当にここから出られると思っているのか? 迷路のような場所で、見当外れな進路を進んでる。 ただ、騒ぎを起こしているだけだ。

ジェイズ: ここに留まる気は、ない。

強がって反抗的な事を口に出すのは簡単だが、確かにミラージュが正しい。 ジェイズは道に迷い、脱出に成功する見込みは皆無だった。 ミラージュは、ジェイズに向かって来て、拳を上げた。

ミラージュ: 受け入れたほうがいい。 今では、ここは、君の家だ。 おとなしくしてくれ、でないと、怪我をするかもしれない。

あの朝、ジェイズは学校から休みをもらって喜びながら、ベッドから起きた。 大学の入学準備をする普通の19才で、仲のよい愛情ある両親と暮らし、ボーイフレンドもいた。 それが、今は、巨大な穴の上で、ケンカ腰のガキの前に立っている。

ほとんどゼロに等しい脱出の望みを抱きながら、もしもミラージュを打ちのめせば、この場所では敬意を得られるのではと、ジェイズは思った。 もし、ここに留まるような事になるのなら、好都合だろう。 そう思案しながらも、こんな事を考えるほど自分の生活が劇的に瞬時に変化するなんて、起こりえる事なのだろうかと、思った。 ジェイズは、拳を上げると、ミラージュに向かって走った。

ジェイズは、ミラージュが前に進み出るとすぐに距離を縮め、パンチの構えをしたが、顔に速攻回し蹴りをくらった。 ジェイズはよろめいて膝をつき、ミラージュの敏捷さと器用な身のこなしに驚かされた。 ジェイズに無駄にする暇はなく、もう一度ミラージュに突進し胸にぶつかると、大穴の上の柵に追い詰めた。 動く度、キャットウォークが、ガチャガチャと音をたてた。

ミラージュは、ジェイズの胸に膝を入れて距離をあけたが、次の攻撃に入る前に、ジェイズがミラージュの顔の横側にストレート・パンチをいれた。 ミラージュは、後ろによろめき、顎をさすった。 ジェイズは、ミラージュを殺さずに無力化する方法を、ほんの数秒間、考えた。 ミラージュを穴に突き落とすのも良いアイデアだと、一瞬、思ったが、そんなことをする気にはなれなかった。

今度は、ミラージュが攻撃をしかける番だったが、彼が足を踏み出した途端、足場の金属格子が音をたてながら裂け、そして落下し始めた。 ジェイズの方は、下に抜け落ちた部分が小さかったので、大丈夫だった。 ミラージュは、キャットウォークを手で掴むことができたが、大穴の上に、ただ、どうしようもなく、ぶら下がっていた。 掴まっている金属の格子の部分は、折れ曲がり、ギーギーと音をたて、彼もろとも大穴の底に落ちて行くような脅威を与えていた。

腕を掴まれ引き上げられようとした時、ミラージュは驚いた。

ジェイズ: もう片方の手で、僕につかまって!

ミラージュは、数秒、躊躇した。 ようやく、手を伸ばしてジェイズの腕をつかんだ。 ジェイズは、ゆっくりと、ミラージュを引き上げて、破損のひどい部分から遠ざけた。 2人が比較的安全な場所まで移動すると、格子の別の部分が崩れ、桁の切れ端一本でぶら下がり、大穴の上で不安定に揺れた。

ミラージュ: なぜ、、、なぜ、私を助けたのだ?

ジェイズ: 人は、そうするものなんだ! そんな質問するなんて、ここは、一体、どんな場所なんだ?

ジェイズの言葉は、少なくとも半分は本当だった。 ジェイズは、ミラージュに恩に着せておけば、後々役に立つだろうとも、思っていた。

ミラージュ: 私は、、、

ミラージュの声は、だんだん小さくなった。 ジェイズは、ミラージュが混乱している間に、隙を見て逃亡したかったが、胸が痛みでズキズキした。 精一杯の力で立ち上がると、出口を探した。 何か固いものにぶつかったのか、頭の後ろに鋭い痛みを感じた。 そして、鉄の格子の上に倒れ、なにも思い出せなくなった。

本エピソードのイラスト委託作成:
Miyumon

「都市」の画像は、「SimCity 4」の画面です。

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