クラブ・ネコ


トッカストリア、ヴァレフォー、スカイパッド・グラダッド

トーマ: そんな格好で出かけるつもり?

ジェイズ: へっ?

ジェイズは、両手を伸ばして、自分の服をチェックした。 クラブに通いつめるような習慣がなかったのは確かだが、自分の服装はイケてると思っていた。 襟元と袖先が濃いオレンジ色で縁(ふち)縫いされた赤地で開きの大きいVネックTシャツを着ていて、ジェイズにすれば、普段よりカラフルだった。 アクセントをつける為、自慢の明るいシルバーのベストを目立たつように羽おり、その折襟からは留めていないバックルがぶら下がっていた。 彼のジーンズは、一目見ただけでは黒色に見えたが、実際には濃い紫色で、スキニー・ジーンズではあったものの、ピチピチ過ぎではなく、着心地は良かった。 アクセサリーにしても、首には小さな青い石のついたシルバーのチェーンをかけていたし、手首にはリストバンドを、さらに、尻尾の先にはカラフルなバンドを3つも付けて、着飾っていた。

トーマが、自分の服からチェーンを一つ外しながら、ジェイズに近づいた。

トーマ: 遊びに出かけるのには、少なくとも一つはチェーンが服に付いてないとダメだよ。

トーマは、自分の服から外したばかりのチェーンを、ジェイズのどこにつけようかと、手で触りながら探した。 結局、チェーンの片方の端をジェイズのジーンズのベルト通しに引っ懸け、もう片方の端を、ジェイズのベストからぶら下がっているバックルの先に引っ懸けた。

ジェイズ: これで、オッケーかな?

トーマ: もうちょっと、だな。

トーマは、何かを探すようにジェイズのシャツに指を走らせた。 そして、警告もなしに、ジェイズのシャツの片方の袖を引っぱり、引きちぎった。

ジェイズ: なっ、なにっ! このシャツ、お気に入りなんだよー!

トーマ: 『破れ』もない格好で、外出なんてできない。 今度は、このジーンズだけど、、、

ジェイズは、一歩下がると、おびやかすように頭上で両耳を曲げながら、トーマを睨んだ。

ジェイズ: この大好きなジーンズに触ったら、トーマの耳を結んで天井から吊るすからねっ!

トーマの目が、驚きで、大きく開いた。 予想と違う反応だった。

トーマ: 分かったよ、オッケー。 そしたら、その代わりに、、、

ジェイズ: ミャ、ミャォぅーっ!

トーマ: 分かった、分かったって。 もう大丈夫みたいだね。 すぐに暗くなるから、そろそろ出かけようか。

外出着の問題が一件落着し、2人は、ガレージに向かって歩いた。 トーマが扉を開いた途端、長期間、開けられていなかった事を示す黴臭い匂いが、2人の前に立ちはだかった。 ガラクタが棚に置かれていたり、色々な物があちこちに区分されて山積みにされていて、普通のガレージのようだった。 その中央には、カバーで覆われた大きな物体があった。 ジェイズは、屈んで、その物体の下部を覗いた。 だが、そこには、何も無かった。 その物体は、床から30センチほどの高さを、浮いていた。

トーマがカバーを引っ張ると、バンパー・カーを模した黒色の昔風のごつい車体が姿を現した。(注1) ジェイズは、すぐに、それが、大半のトッキ人が移動手段として用いる典型的な乗り物だと、気づいた。 ヴァレフォーの通りを何台もがふさいでいるのを見ていたが、ジェイズは、うまく表現できず、ホーバー・カーと呼んでいた。

ジェイズ: わーぉー! トーマが、これ、持ってるって、知らなかったよーっ! バスか何かで、行くんだと思ってたー!。

ジェイズは、間近で見る初めての機会に、飛び込むように座席の一つに座り、いろいろと周りを見回した。 内部は、カルパティの車とはかなり異なっていたが、最も顕著な違いは、普通の円形ハンドルが無い事だった。 目の前に標示パネルがあるので、ジェイズの座っている側の座席が、明らかに、運転手席だった。 その座席の両横には、それぞれピストル・グリップ型コントローラーのようなハンドルがあり、2つの座席間の中央コンソールには、運転操作以外の色々な機能の為のスイッチ・ボタンが置かれているようだった。

ジェイズ: どうやって動かすの?

トーマは、体を傾け、ハンドルの一つに触った。

トーマ: すごく簡単だ。 ハンドルは、それぞれが、推力を制御する。 手前に引くと、加速。 前方に押すと、停止、または、後進。 横に倒すと、曲がる。 もし急カーブを曲がりたいときは、一方を加速させて、別の方の推力を後進にすればいい。 でも、スピードが早い時は、ちょっと大変だけど。 きちんと腰をすえてくれ。 駐車ロックを外して、ガレージから外に出すよ。

トーマは、ポケットから小さなキーリングを取り出し、ボタンを押した。 駐車ロックが解除されると、ジェイズは車がほんの少し揺れのを感じた。 トーマが、車のフロントを優しく押すと、車はガレージから車寄せの通路に流れるようになめらかに出て行った。

トーマ: ちょっとだけ、その席に座る必要があるんだけれど。ジェイズ。

ジェイズ: ん〜?

ジェイズは周りを見て、自分がまだ運転席に座っていたことに気づき、慌てて、助手席のある左側に飛び移った。

ジェイズ: ごめ〜ん!

トーマは、運転席に乗り込むと、コンソールのスロットにキーリングを差し込んだ。

トーマ: 気にしないで。 慣れない場所でまごつくのは、僕も分かってる。

トーマは、一旦、車から外にでると、通路からスカイパッドの外周を回る車道に、車を優しく押しだした。

トーマ: この時間帯だと、たぶん、地上に降りるエレベータを、しばらく待たないといけない。 通りも、おそらく、すごく混雑してるから、向こうに着く頃には、すでに暗くなってるけど、ジェイズはそれで大丈夫かな。

ジェイズ: 全然、大丈夫だよー。 スピードが遅ければ、その分、外の景色を楽しめるしね。 ねぇ、僕にも、いつか、運転させてくれる〜?

トーマ: やめておいた方がいい。

ジェイズ:ざーんねん、でも、トーマの言う通りだね、たぶん。 ここでは、運転の規則さえも知らないからねー。

トーマは、片眉を上げながら、ジェイズの方に顔を向けた。

トーマ: 規則って、何のことだ?

ジェイズ: えっ?

ジェイズの戸惑いの表情に、答えは返ってこなかった。 その時、トーマは、ハンドルを両方ともグイッと引き、2人を乗せた車は、銃弾の如く出発した。

ジェイズ: わっ、わっ、わぁーっ!!

トッカストリア、ランマ、クラブ・エリア

トーマが言ったように、クラブに向かう道路は、とても混んでいた。 ジェイズは、渋滞に巻き込まれゆっくりと動く車から都市の景色を楽しみ、そして、景色を眺める事に集中することは、平常心を保つのに役立った。 トーマは、トッカストリアには道路交通の規則はほとんど無いのだと、真面目顔で説明した。 ジェイズは、心臓発作を起こさないように、シートベルトをしっかり締め、トーマの動向に一切注意を向けなかった。 歩道に目を向けると、自分たちを眺めているトッキ人や、禁止事項にもかかわらず、隠れて写真を撮るカップルがいた。

ようやく目的地である、かつては産業拠点として使われていたような、今は緑色のライトに照らされ浮かび上がる、巨大な複合施設に、到着した。 大音響で鳴り響く音楽は、通りからでも聞こえた。

トーマ: 自動翻訳機は外した方がいいよ。 たぶん、こんな場所では、ちゃんと機能しないから。

ジェイズは、耳に手を伸ばすと、小型の翻訳装置を取り外した。 公共の場所でそれを外すのは初めてだったが、自分の周りの声が、突然、別の言語に変化して聞こえてきたのは、とても異様だった。

ジェイズ: まっ、トーマの言葉は、理解できるから、いいっか。

クラブの前には、順番待ちの長蛇の列ができていたが、トーマは列を迂回して入り口に向かったので、後に付いていたジェイズは驚いた。 入り口に着くと、トーマは、ウサギ警備員に話しかけた。 広大な宇宙のどこであろうが、ここトッカストリアも例外ではなく、常にクラブの入り口にはサングラスをかけた雇われ用心棒が警備していることが、ジェイズにはとても印象的に思えた。

トーマが用心棒と言葉を交わすのを見ながら、ジェイズは、身を乗り出して自分の事を見ようとしている列に並んでいる人々を無視しようとした。 用心棒がロープを外して中に入るよう身振りで示すまで、トーマは、一度か二度、ジェイズの事を指差していた。

ジェイズ: うゎお! 列の先頭に割り込んだの、初めてだよー。

トーマ: 僕もさ。 って言うか、第一、列に並んだこと自体ないが。

ジェイズ: そう言えば、僕も、並んだりしないなー。

トッカストリアのシルバーの高層タワー群やきらびやかなモダンさに比べると、そのクラブは、暗いと言うわけではないが、驚く程ゴシックなデザインだった。 色とりどりのネオンの光が、石のアーチと天井に交差しながらまとわりつき、トッキ人が犇(ひし)めき合うダンスフロア全体を、極彩色に照らし出していた。 床そのものは透明のようで、下に埋め込まれた色付き電球が、ダンサーたちと同じくらい勢力的に、点滅していた。

雑踏にまぎれ、人々は、ジェイズの存在に気づかなかったが、夜が更けるにつれ、次第に、ネコヒューマン人が自分たちの中にいる事を認識しだした。 ジェイズがダンスすればするほど、珍しくて面白い彼の尻尾を、誰かが掴もうとしていた。 ジェイズは、確かに気にはなったが、それほどではなかった。 彼はいつも簡単に誰かの手中から逃れられたし、そのダンスフロアで時間を過ごす事を、とても楽しんでいた。 カルパティでは夢描くことしかできないようなダンス・ステップを、重力の小さいここでは、実際に行えるのだ。 しかしながら、2時間ほど経つと、さすがに疲れてきたので、トーマと2人で以前から考えていたある計画を進めようと思った。

ジェイズ: 疲れちゃったよ!

トーマは、身を屈め、詰め寄った。 大音響の中で、トーマは自分の耳を、ジェイズの口元に、毛がふれるほど近くに、寄せ付けなければならなかった。

トーマ: 何っ?

ジェイズには、トーマのその一言ですら、ほとんど聞こえなかった。 ジェイズは、今回は、全力で叫んだ。

ジェイズ: 疲れたって、言ったの!

トーマ: そうなんだ! じゃあ、ラスト・ダンスにしよう。

ジェイズはうなずいた。 トーマは、携帯を取り出すと「ミュージック」ボタンをタップして、ジェイズに画面を見せた。

トーマ: どの曲にする?

ジェイズは、地球の21世紀初頭の古いダンス曲、“エヴァキュエイト・ザ・ダンスフロア” を、指差した。(注2)

ジェイズ: それ、それっ!

トーマは背筋を伸ばすと、DJの所に向かった。 ジェイズは、トーマがDJと雑談しながら、時々、自分の方を指差すのを、見ていた。 ようやく、DJが、その曲をかけることに同意したように見えるやいなや、その曲が聞こえてきた。 トーマはジェイズの方に振り向き笑顔を見せると、聞き慣れぬ音楽に戸惑いの表情の傍観者たちが見守る中、ダンスフロア中央に走って戻ってきた。

トーマとジェイズは、手をつないだまま、一緒にダンスした。 重力の小ささと、ナターリアの教え方がよかったおかげで、どんなステップも簡単に行えた。 すぐに、ダンスフロアには2人の周りに人々が円を描いた。 ジェイズとトーマの体の動きと、軽々と互いの身を放り投げるカルパティ発アクロバット・ダンスに、トッキ人は、興味津々だった。

曲が終わると、2人は、急いでダンスフロアを離れ、トーマが指差す人目につかないブース席に向かった。 なんとかたどり着き、腰をおろすと、期待する騒動が始まるのを、待った。

ジェイズ: まだ、何も起きないねーっ!

トーマ: もうちょっと待って! 今にも、起こりそうだ!

トーマがそう言うやいなや、案の定、ダンスフロアでは、たった今目にした事を真似しようと企てるトッキ人が、互いにペアを組むパートナーを見つけていた。

始めから、全くの大惨事となった。 パートナーの不慮の手元の狂いから、四方八方にトッキ人が投げ飛ばされていた。 試行錯誤は、益々、度を増し、事態は、より手に負えなくなっていった。

ジェイズ: マジで、トーマが言った通りになったねーっ!

トーマ: バカげてるだろ。 新しい事には、何にでも、どんな事であれ、すぐに飛びつく習性なんだ。

ジェイズ: 来るよーっ!!!

ジェイズはトーマの頭を押さえて引っ込めると、2人の上をトッキ人が飛んで来た。

トッキ人: ワァーーッ!!!

彼は、後ろの壁に激突し、床にどさりと倒れた。

トッキ人: Ne jonen!

ジェイズは、椅子の後ろの、頭上を飛び越えたトッキ人に目をやった。

ジェイズ: 彼は何て、言ったの?

トーマ: 大丈夫だって!

ジェイズ: これ以上酷くなる前に、退散しようよ。

トーマ: 了解!

トーマとジェイズは、急いでブースから抜け出すと、クラブを後にした。

To be continued...

本エピソードのイラスト委託作成:
Miyuli
Kurama-chan
Ensoul

「都市」の画像は、「SimCity 4」の画面です。

注1:『バンパー・カー』は、遊園地にある、互いにぶつけて遊ぶ車。

注2:『エヴァキュエイト・ザ・ダンスフロア』は、カスケーダ(ドイツのダンス・バンド)の2009年のヒット曲。

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