夕食の客


ニュー・ベレンガリア、ルーン・レイク地区、ルーン・レイク高校

アデル、ジェイズ、ミタニ、トーマとアルテミスは皆、テーブルについたまま、ジョアンナの手中にあるカオルを見ていた。 アルテミスは、テーブルの上であぐらをかいて、にやついていたが、他の4人は、口を開けたまま、ただ、ジョアンナとカオルを見ていた。

ジョアンナ: さあ、行くわよ! 新彼さん!

ジョアンナはカオルのシャツから片方の手を放した。 そして、もう片方の手で、歩道に向かってカオルをぐいぐいと引っ張って行った。

カオル: ところで、僕の名前は、カオルだよ。

ジョアンナは、その言葉にはほとんど気にも留めず、カオルを引っぱり続けた。

ジョアンナ: そんな事どうでもいいから、早く来なさいよ。

アルテミス: グッド・ラック! 一番重要な規則を忘れないで! 真夜中0時を過ぎたら、決して、食べ物を与えないで下さい!

ジョアンナ: 変態男!

アルテミス: ミャーハッハッハッ!

彼らは、ジョアンナが、カオルを引っ張って行くのを、ずっーと見守った。 皆から見えにくくなる頃になると、カオルは運命に身を任せ、進んで従っているようだった。

トーマ: 君たちの生活は、ほんとに変わってるね。

ジェイズ: アデルが来るまでは、全然、普通だったよね。

アデル:こらっ!

ジェイズが立ち上がった。 トーマも、その後に続いた。

ジェイズ: 僕たちは、そろそろ行かないとね。 トーマのお父さんに会って、それから、僕の両親と一緒に夕食だから。 君たちは、ここで3人、楽しくやっててね!

ミタニ: このクレイジーなやっかい者は、俺達が面倒みとくから、十分、楽しんできなよ。

ジェイズ: そのつもり!

アルテミスは、当惑した表情で、視線をミタニとジェイズの間で何度も往復させた。

アルテミス: 一体、誰の事、言ってるの?

ニュー・ベレンガリア、トリ・リバーズ地区、トッカストリア大使館

ジェイズはモノレールに乗っている間に、不安が益々大きくなってきた。 目的地へ近づいて行くと、数名のトッキ人が乗ってきて、他の乗客達からの視線を引きつけていた。 ジェイズは、そのトッキ人たちを見ながら、トーマの腕をしっかりと握り、また同時に、彼らに目を奪われずにはいられなかった。 彼らの中には、トーマのような外見(大きな耳と尻尾を除けば一般的に人間型)の若者もいた。 その一方で、全身が驚くほどの体毛で覆われ、ウサギのような鼻を持っている者もいた。 彼らは、ロックコンサートか何かに向かう途中のようで、少なくとも、着ている服は、全員同じようなものだった。

ジェイズ: トッキ人って、色んな民族種が、あるみたいだね?

トーマ: モフモフ系民族もいるし、確かに、異種民族種が色々あるよ。 僕の方は、まだ人類種に慣れてないよ。 みんな、よく似てるから。

モノレールが、大使館タワーに隣接する駅に、到着した。

2人は一緒に、入り口に向かって歩いた。 今、このトッキ人の大使館で、人々の視線を引きつけているのは、ジェイズだった。 ネコミ人やネコヒューマン人の大半は、ニュー・カルパティ連邦の別の惑星に住んでいて、ここでは稀な為、そのトッキ人達のほとんどにとっては、ネコヒューマン人を目にするのは始めてのことだった。

トーマ: 心配しないで。 彼らは何もしないよ。 父さんの部屋は最上階にある。

ロビーを進む間、ジェイズはトーマの腕を握り続けた。 ジェイズは、自分が何処か別の場所にいるように想像しようと、真っ直ぐ前方を見つめていた。 2人はエレベーターが並んでいるすぐそばの受付に近づいた。

受付: あら、トーマ! 今日は、いつもより早いけど、どうかしたの? それに、まあ、お客さん連れてるじゃない!

トーマ: ハイ、キャシディ! この子は、ジェイズ。 父に、彼を紹介するつもりなんです。

キャシディは身を乗り出して、ジェイズを上から下までチェックした。 彼女は、ジェイズの耳をつまもうと、手を伸ばしたが、すぐに、ジェイズはトーマの後ろに身を退けた。

キャシディ: ほんとかわいい〜! 恥ずかしがり屋さんなのね! お父さんは、ジェイズに会って、きっと、大喜びするわよ。 高速エレベーターの方に進んでね。 今、ドアを開けるわ。

キャシディは手を伸ばして、ボタンを押した。 彼女の背後にあるエレベータのドアが、一つ開いた。 ジェイズは、誰も乗っていないのを見た上で、すぐに、トーマを引っ張って、急いで中に入った。 ドアが閉じる前に、ジェイズはキャシディに、精一杯、笑顔した。

ジェイズ: お会いできて、よかったです!

そのエレベーターは、途中ノンストップの為、とても迅速だった。 最上階に着いた時、ジェイズは、目にしたものに唖然とした。 トーマは、彼の家は最上階にあると言ったが、その言葉は正確ではなかった。 実際には、最上部の3階分だった。

それは、豪華以上だった。 エレベーターのドアが開くと、その前には、何人もの客人を迎い入れるのに十分な広さの大ロビーがあった。 床には、カラフルな幅広のストライプ柄の入った、ぶ厚いビロードのカーペットが敷かれていた。 そして、その空間の右側と左側は、異なる芸術性で装飾されていた。 左側はカルパティ様式で、シンプルな曲線を持つビロード生地の豪華な椅子が、石台座とガラス天板のコーヒーテーブルと、組み合わされていた。 右側はトッカストラ様式だった。 家具のようなものは、ローテーブル以外、あまり無かった。 そのテーブルを囲むように、ふかふかでくにゃとしたクッションが、何個か置かれていた。 ロビーから脇にそれた所から、いくつものドアにつながる廊下が、何本か伸びていた。

ジェイズには、その装飾様式を鑑賞している間はなかった。 トーマの父親クラディックが、満面の笑顔で、廊下の一つから現れた。 ジェイズは、少し安気になってきた。 クラディックも、見ず知らないウサギではあったが、今は少なくとも、多数のウサギ達に囲まれているわけではなかった。

クラディック: 君がジェイズだね! 会えて光栄だ。 トーマは、しょっちゅう、君のことを話してるんだ!

まったくの習慣から、クラディックは、ジェイズの顔に向かって身を乗り出した。 ジェイズは、次のアクションがどうなるかを知っていたので、咄嗟に、こそっと後方に後ずさりし、身を隠す時のように耳が後ろに折れた。

クラディック: おっと、確かに、そおだな。 伝統的な挨拶は、今はやめておこう。 緊張してるようだね。

ジェイズ: そうかなと、思います。 ごめんなさい。 自分でも、どうしようもなくって。

クラディック: 気にしないでくれ。 ここまで来たんだから、大したものだ。 君は、勇気のある若者だろ? 一体、例の、トッキ人は恐ろしい魔物のようだって言う古い神話が、何処からどうして伝えられたんだろうかと、不思議に思うよ。 ところで、リンクス元首を除くと、君は、私を訪問しに来てくれた最初のネコミ人だ!

ジェイズは少し微笑んだ。 そして、自分でも知らない内に、クラディックに好意を持ってきた。 彼の屈託のない態度は、ジェイズをとてもリラックスさせてくれた。

クラディック: お前を誇りに思うよ、トーマ! いい若者を選んだな!

トーマ: ありがとう、パパ。

クラディックは進み出て、トーマの肩に手を置いた。

クラディック: お前たち2人は、もう、セックスをしたのか?

トーマ: 毎晩してるよ。

クラディックは大喜びで微笑んだ。 一方、ジェイズは、唖然とした。 まるで、大重量の巨大扉が、朽ちた戸枠から外れ、倒れ落ちる時のように、ジェイズの下顎は、大きく落下し、口は、開いたままふさがらなかった。

クラディック: すごいぞ! よくやった! うれしいぞ。 何か飲み物でも、どうだい? ノンカフェインのハーブティー、好きかな? カルパティの飲み物の方がいいのかな。 ソーダとか、ノンカフェインのしか、無いが。

トーマ: ハーブティーで、いいかな、ジェイズ?

ジェイズ: えぇぇっ、、あっ、うん。 もちろん、いいよ。

クラディック: すばらしい! じゃあ、まず、もっと居心地のいい部屋に案内して、そこに飲み物を持ってこよう。 こっちの方に来てくれ。

クラディックは、トーマとジェイズを引き連れ、廊下を楽しそうにぶらぶらと歩いて行った。 ジェイズは今だ、あのクラディックの出し抜けで気まずい質問に茫然としたまま、トーマの方に向き、彼の耳にささやいた。

ジェイズ: だけど、僕たち、まだ、何もしてないよね。

トーマ: ああ、分かってる。 でも、父さんには内緒にしておくよ。 僕を勘当するだろうから。

ジェイズ: 仮にもだけど、もし、僕の両親が同じような質問したら、しないと思うけど、もしも、したら、ラーの神に誓って、絶対、「まだ、してない」って、答えてね!

クラディックは、ロビーと同じような装飾の、かなり小ぢんまりした部屋に、2人を導いた。 そこには、テーブルとそれぞれ柄の違うクッションが8個、置いてあった。 トーマはクッションを一つ取ると、すぐに腰を下ろした。

クラディック: 座ってくれ。

ジェイズも、クッションの上に座った。 見た目どおり、ビロードで柔らいクッションだった。 意外にも、クラディックは、すぐに座らなかった。 その代わり、彼はミニバー風の所に行って、キャビネットからコップを3個、取り出した。 それから、彼はハーブティーの缶を開けると茶葉をすくい、コップに移し始めた。

ジェイズ: お手伝い、しましょうか?

クラディックは、何と言うべきか思いつかず、動きを止めた。 彼はジェイズの方に向き、一瞬、考えた。

クラディック: あ、ちょっと、ビックリしてしまった。 申し出はありがたいが、一人で大丈夫だ。 私たちの社会では、主人(ホスト)以外の者が、飲み物を作ったり提供するのは、無礼な事と見なされているんだ。

ジェイズの目線はテーブルの上に落ち、耳は垂れた。 クラディックはポットに水を入れはじめた。

ジェイズ: ごめんなさい。

ジェイズが恥ずかしさで放心状態になっていると、思いがけずも、腕をトーマが両手で包み込んでいた。 自分の肩に、トーマが笑みを浮かべながら頭をもたれかけるのが、ジェイズの目に入った。 クラディックは、湯沸かしポットのスイッチを入れた。 すぐに、水が熱せられる音が聞こえてきた。

クラディック: 優しいじゃないか、君は。 気にしないでくれ。 これは、本当に、私のせいだ。 こういうような事を熟知している外交官たちとの付き合いに、慣れてしまっているので。

クラディックの人柄の良さとトーマの手の感触で、ジェイズはすぐに、気持ちが楽になった。

クラディック: 君とトーマが出会った事が、嬉しいよ。 君は、トーマにとって最初の友達だと思う。 お前を、この惑星に連れてきたのは、結局、いいアイデアだったな、なあ、トーマ?

トーマ: カズマの事、忘れてるよ。

クラディック: ああ、そうだな。 でも、まあ、いいアイデアだっただろ?

トーマ: はい、はい。 パパは正しかったよ。

その時、水が沸騰し始めた。 クラディックは、ポットを持ち上げ、カップにお湯を注いだ。 彼はカップを2つ手に取り、ジェイズとトーマの前に置いた。 それから、自分のカップを取ると、クッションの一つに座った。

クラディックは、ジェイズに対してとても関心を示し、ずっと熱心な態度を保ったまま、ジェイズに数多くの質問を投げかけた。 こういった人が大使になるのは、明々白々だなと、ジェイズは思った。 彼らは何時間も、話をした。

夕食の時間が近づき、2人はジェイズの家に行くため、大使館を後にした。 ジェイズは、父親がビビりまくるだろうという予想を楽しんでいた事に、罪悪感を感じ始めていた。

しかし、今は、別の事が彼の心の中を占めていた。 利用客の少ない路線に地下鉄を乗り換え、多少プライバシーが守れるようになると、ジェイズは、クラディックの質問について、トーマに聞いた。

ジェイズ: 君のお父さん、どうして、僕たちがセックスしたかなんて、聞いたのかな〜?

トーマ: あっ、そうだね。 あの事について、前もって忠告するべきだったよ。 父さんは、他惑星の文化風習を理解して対処するのが上手いけど、時々うっかり、トッカストラのやり方をしてしまうんだ。

ジェイズ: そうなんだ、、、って言うかさ。 トッキ人の習慣とかって、僕の知らないこと、たくさんあるね。

トーマ: そうだけど、でも、この惑星では、セックスの事は、全然、話が違うって知ってるよ。 君が、心の準備ができるまで、僕は待つの、平気だよ。

ジェイズは、それ以上は何も言わなかった。 この話題で交された一語一句が、ジェイズの心を準備万端以上の状態にしたが、今はその話をする時ではなかった。 彼は、まず、これから、両親との夕食会を、何とかやりこなさければならなかった。 2人きりになるまで、この事を言うのは待とうと決心した。

ジェイズの家は、地下鉄の駅から歩いてすぐ近くで、湖のほとりにある、明らかに年代物の邸宅だった。

トーマ: 趣、他とは違うね。

ジェイズ: 僕の曾曾祖父が建てたんだよ。 少し、変わった人だったらしいんだ。 僕の母さんの事も説明つくけどね。 今から、警告しておかないと。 母さん、今晩、何か変な事をやらかすかもしれないって。 君の耳を蝶蝶結びにしようとするとか。

トーマ: 親の事が恥ずかしいのって、万国共通なのかもしれない。

ジェイズ: そうかもね。

ジェイズは、玄関のドアを開け、トーマを連れ、中に入った。 凝りに凝った絨毯の上に足を踏み出すと、その下で、古い木製の床がきしんだ。 前方には、木でできた急な階段があった。 左側には、既に準備済みのダイニングルームがあり、そこには、優雅な曲線をもった古いダイニングテーブルの上に、けばけばしい花模様の陶磁器一式が置かれていた。

ジェイズ: 家もだけど、家具や食器もほとんど、曾曾祖父からの物なんだよ。 この家には、あんまり、新しい物はないんだ。

階段の後ろから、2人に呼びかける声が聞こえた。 その声は、ジェイズの母親のエレクトラだった。

エレクトラ: ジェイズなの? 夕食の用意は、すぐできるわ! 頼まれたように、今日は、ベジタリアン・フードがいっぱいよ。

エレクトラは、階段の後ろの台所から現れた。

エレクトラ: ジェイズ、時間に、ぴったりね! まあ、あなたがトーマね!

エレクトラは、突然、口を両手で押さえ、息を呑んだ。

エレクトラ: まあ、すごいわ、すばらしいわ、なんて綺麗な耳なのかしら! リボンを取って来なくちゃ!

たぶん無駄だと思ったが、ジェイズは母親にリボンを取りに行かないように懇願した。

ジェイズ: お母さん、本当に、本当に、そんなの必要、ないよ〜っ。

エレクトラ: そんなのだめよ、坊や。 時間もかからないんだし。

エレクトラは、周囲を見渡し、ダイニングルームを見通し、そして、大声で呼んだ。

エレクトラ: あなたーっ! ジェイズが帰ってきたわよーっ!

彼女は、ジェイズとトーマの所に、戻った。

エレクトラ: お父さんは、すぐに来ると思うわよ。

すぐに、その通りになった。 エレクトラが、家の奥の方へ楽しそうに急ぎ足で歩いて行くと、ジェイズの父親ティアが、ダイニングルームの後ろの出入り口からやって来た。 ダイニングルームのテーブルの角を廻って来る時には、いい第一印象を与えようと最高の笑みを浮かべていた。 しかし、突然、止まった。 彼はあまりにも急に立ち止まったので、足のかぎ爪が絨毯をこすり傷つける音が聞こえた。 顔は、一瞬にして、ショックの表情に変わった。

ティア: ウサッギーッ!!!

そして、ティアはテーブルの後ろにもぐり込んだ。 母親が、レインボー・カラーのリボンを持って戻ってきたとき、ジェイズは、気がとがめながらも、ほくそ笑んだ。 ジェイズの父親は、テーブルの後ろから、ゆっくりとその姿を見せ始めてきた。 だが、見開かれた両目と​​小刻みに震える両耳を除くと、まだ、大して、見せていなかった。

エレクトラは、呆れた様子で両手を自分の腰にあて、手にしたリボンがその動きのせいで揺れていた。

エレクトラ: あなたっ! バカなことやってないで。 早くこっちに来て、ご挨拶しなさいよ!

トーマは、笑顔で、ジェイズの耳にささやいた。

トーマ: 僕、君のご両親、好きだな。

ジェイズ: 今夜は、、、長い夜になりそう。

つづく。。。

本エピソードのイラスト委託作成:
Catnappe143
Miyuli
Atomic Clover
Kurama-chan
Jenova87

All city images from SimCity 4.

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