親交の具体例


ニュー・ベレンガリア、ルーン・レイク地区、ジェイズの家

ティアは、ある程度の時間を要したものの、当初のショックから、ようやく回復した。 ぼたぼたと滴る汗の跡形を残し、怯えながらも、トーマに近づいた。 そして、震える前足を伸ばし、握手を求めた。

ティア: は、はっ、はっじめまっして。

トーマは、ティアの汗まみれの前足を、優しく握った。 ティアは、歯を見せ大きな笑みを浮かべたが、もし普段の状況下だったら、それは、牙を剥き威嚇したかのように見えただろう。 今の彼は、ただ、愚者のように見えた。 そして、ジェイズの後悔の念は、最高潮に達していた。 威圧感のある大きな体格をした父親が、ガタガタ震える臆病者に成り下がる様子を見るのは、面白いだろうなと思っていた。 だが実際には、とても嫌な気分になった。 彼は父親が好きだった。 今回の件は、彼が今までに思いついた他のたくらみ同様、悪い結果となった。

エレクトラ: さあさあ、二人とも、早くテーブルに着いて。 食べ物を取ってくるわね。

ジェイズとトーマが、それぞれ着席すると間もなく、エレクトラとティアは、フード・ボウルをいくつか手に持ち戻ってきた。 一つだけ肉類が入っていたが、他のには、多種多様の野菜類が盛られていた。

エレクトラ: トーマは、どんな飲み物が、いいのかしら?

トーマが答える前に、ジェイズが声を上げた。

ジェイズ: カフェインが入ってないのねー。

トーマ: アップル・ジュースは、ありますか?

エレクトラ: ええ、あるわよ!

彼女がそう言い終わる前に、既に、ティアが台所に向かっていた。

ティア: 僕が取って来よう!

エレクトラ: ついでに、私にワインをグラス一杯と、ジェイズにルート・ビールも、お願いねー。

エレクトラは、テーブルを挟んでジェイズとトーマの向かい側に着席した。

エレクトラ: あの人は、ときどき、すごく緊張しすぎるのよ。 とにかく、あなたがトーマね? ようやく会う事ができて、ほんとうれしいわ。 ジェイズが男の子を家に連れてきたの、今日が初めてなのよ。 あなたの事、もう、ほんといつでも、話してるんだけど、あなたの、、、何だったかしら、その、あなた達、何て呼ばれているのかしら?

トーマ: 僕はトッキ人です。

エレクトラ: そぅ、そうだったわね。 記憶力、悪くって、ごめんなさい。 昔はこんなじゃ、なかったんだけど。 とにかく、何も心配する必要はないわよ。 私たちにとって、異民族間交際は、見ての通り、ごく当たり前のことだから。

エレクトラがくすくす笑っていると、ティアが飲み物を手に戻ってきて、テーブルについた。 夕食は、時々、気まずい空気が流れはしたが、一概に、楽しいものとなった。 ジェイズのパパは、ほとんどずっと黙って、食べていた。 その一方、ジェイズのママは、赤らさまに興味津々の様子で、トーマに質問していた。 この点では、彼女は、クラディックのようだった。 ただ、今回の被害者は、トーマの方だったが。 そして、ジェイズは、神経質な性格からか、トーマに向けられた質問の殆どを、代わって答えてしまうように、なっていた。

日が落ち、夕食が済んだ。 使った皿を台所に戻すと、エレクトラはトーマのすぐ隣に自分の椅子を引き寄せ、トーマの耳にリボンを結びだした。 トーマは、全く、ほんの少しさえも、気にしているように見えなかったが、トーマの姿は、すぐにバカっぽく見えだし、そのせいか、ジェイズの隣に座っていたティアは、少し緊張がほぐれだしたようだった。

エレクトラ: それで、トーマ、あなたの故郷について教えて。

ジェイズ: それはねーっ、、、

ジェイズが続きを言おうとする前に、母親がジェイズを遮った。

エレクトラ: ねえ、坊や、トーマにも話す機会をあげて。 トーマの声がどんな風に聞こえるのか、いまだに、ほとんど分からないじゃない。

ジェイズはすぐに黙り、彼の耳はそっと下がった。 エレクトラはトーマの耳にリボンを結び続けた。

トーマ: 僕は、首都ヴァレフォーの出身です。 カルパティ・シティよりも、はるかに大きい都市です。 色んなアクティビティーが、できます。 クラブやショップや大きな公園も、たくさんあります。 でも、僕は、あまり外出しません。

エレクトラ: あらまあ、それは残念ね。 どうしてなの?

トーマ: 僕の目のせいで。 この同じ色の目を持つトッキ人は、他には生存していないので、珍しい絶滅危惧種みたいな扱いなんです。 みんな、関心があるのは僕の目だけで、僕自身については、どうでもいいんです。

悲しい記憶が蘇り、トーマの声は、話終える頃には、次第に薄れていった。

エレクトラ: まあ、こんな話を持ち出してしまって、ごめんなさい。

トーマ: いえ、大丈夫です。 この惑星では、気分が楽です。 最初は、ここに連れて来られた事で、父に怒っていました。 父は、その方が、僕のために良いだろうと思ったんですが。 でも、僕は、目の代わりに耳をじろじろと見られるだけだろうなって、思ったので。 違いが無いでしょう?

エレクトラは、すぐにトーマの耳にリボンを結ぶことを止めて、両手を離した。

エレクトラ: あらっまっ! 止めたほうがいいかしら!?

トーマ: 続けてもらって構いません。 トッキ人は、カルパティ人とは比べものにならないくらい、バカバカしいくらい物好きで自慢好きで、時流の話題に固執してるんです。 トッキ人の会話って、下世話で低俗な話ばっかりなんです。 「あの目を見てよ!」とか「写真、撮っていい?」って、言われるんです。 そして、僕の写真を撮ると、まるで当たり賞品みたいに、その写真を友達に見せびらかすんです。 この惑星に来るまで、そういう事の卑劣さに気づきませんでした。 ここでは、人は、最初の内は眺めてるけど、しばらくすると慣れてくれて、今あなたがしているように、僕の事を知ろうと努力してくれる。

トーマは、ジェイズをじっと見つめ、微笑んだ。

トーマ: ジェイズは、僕に、特別、優しいです。

エレクトラは、身を乗り出してトーマを両腕で包み、抱きしめた。

エレクトラ: まあ、それは、トッキの人達の落度だったわね。 でも、すごく遠回りして私の息子を褒めてくれたのね!

エレクトラが、にこにこしながらトーマの耳にリボンを結んでいる間、ジェイズは、くすくすと笑った。 今まで夢中でトーマの話を聴いていたティアは、ジェイズの肩に腕を回し、耳元に近づいた。

ティア: 息子よ、奴を手放すんじゃないぞ。

ジェイズ: そうだね。

エレクトラがトーマの耳にさらに多くのリボンを結んでいる間、会話は続いていった。 トーマは、どんな質問にも、遠慮する事なく答えた。 トッカストリアの人口のわずか20%が女性で、女性は普通、一度に10人もの赤ん坊を産むというトーマの話に、特に、彼らは興味を持った。 また、女性の割合が低いにも関わらず、トッカストリアは、元首たる女王が統治し、女性支配の社会である、という話には、さらに驚いた。

長い夜が更け、ジェイズとトーマが出かける時間になった。

ジェイズ: もし、パパとママが気にしないんだったら、今夜は、トーマのお父さんの所に泊まるつもりなんだけどな。

エレクトラ: いいわよ。 何か要るものは、あるの?

ジェイズ: うぅん、あっちに、何でもあるから。

トーマ: 夕食、ありがとうございました。 とっても、美味しかったです。

ジェイズのママは、嬉しくて、笑顔を輝かせた。

エレクトラ: まあ、お礼だなんて!

ティア: 会えて、本当によかったよ。

クラディックの宅は、歩いても、遠くなかった。 ジェイズは、トーマの父親の所に泊まると言った。 これは、全くの嘘ではなかった。 ただ、二人が今夜泊まるのは、数週間前に、襲われたトーマを連れて行ったあの場所、本宅近くの滅多に使われないタウンハウスである、という事は、言っていなかった。

そして、二人だけで泊まる、という事も。

ジェイズは、トーマに続いて、階段を上った。 前回来た時と、何も変わっていなかった。 まだ新しいカーペットは、ふかふかで、壁やテーブルには、小ぢんまりとしたトッカストリアの調度品が飾られていた。 どんな物の上にも、ほこりの斑点さえ無く、少なくとも定期的に清掃サービスがなされていた。

トーマは、すぐにキッチンに向かった。

トーマ: 飲み物を取って来るよ。 君は、何がいい?

ジェイズは、その時、自分でも何がそうさせたのか分からなかったが、咄嗟(とっさ)に、今が大胆に行動すべき時だと決断した。 たぶん、長い間、悶々と、熟考し続けていた状態が、ピークに達してしまったのかもしれない。 何がそうさせたにせよ、ジェイズはトーマのフーディーの背中部分を掴んで、引き寄せた。 驚いて振り返ったトーマのすぐ目の前は、ジェイズの鼻先だった。

ジェイズ: トーマ。

そして、ジェイズは、トーマに掴み掛かると、激しくキスをした。

2時間後。。。

寝室の床には、衣服などが散らばっていた。 フーディーが、ベッドの隅にぞんざいに掛けられていた。 床に転がっているくしゃくしゃの塊は、二人の下着だった。 デスクチェアからは、黒いTシャツが、不安定にぶら下がっていた。

トーマは、考え込んでいるような様子で、頭の後ろに両手を組んで仰向けになっていた。 ジェイズは、寄り添うように、トーマの胸に腕を回していた。

ジェイズ:

トーマ: 考えてた。。。

ジェイズ: どんなこと?

トーマ: ここは、僕が慣れ知っている社会とは、全然、違う。 トッキ人は、大抵、もっと親交的だけど、でも、君ほど思いやりのある人には、今まで、どこででも、会った事がない。

ジェイズは、トーマの本意が全くつかめなかったが、それは褒め言葉のように聞こえた。 そして、トーマをより強く、抱きしめた。

ジェイズ: どういう意味なのかな〜?

トーマ: トッキ人の人間関係がどんなかって、前に話した事あった?

ジェイズ: トッキ人は、結婚しないとか、ライフ・パートナーを持たない、って言う事? 最初、アデルとカオルから聞いたけど、でも、トーマも、僕に、その事、教えてくれたよ。

トーマ: その事について、ジェイズは、気にしてる?

ジェイズ: 本当の事言うと、すごく気にしてるんだけどね。 結局は、その事を受け入れないといけないんだろうなって、、、でも、少なくとも今は、僕たち二人の時間を楽しみたいよー。

トーマ: 人生のパートナーを持つ事に魅力を感じるのって、僕も、分かり始めていると思う。 その事は、僕を少し怯えさせる。

少しの間、沈黙があった。 ジェイズは、トーマが言った事を完全に理解できるまで、心の中でその言葉を何度も復誦した。 そして、聞き違えをしたのではないと確信すると、肘を支えに上体を起こし、トーマの目を見つめた。

ジェイズ: いい事みたいに思えるけど、どうして、トーマは怖くなってくるのーっ?

トーマ: 人生のパートナーを持っているトッキ人は、ごく数パーセントしかいない。 彼らは「モノ」と呼ばれて、見下されている。 もし僕がそうなったら、パパは、すごくショックを受ける事になるだろう。

ジェイズが考えている間、また、少しの間、沈黙があった。 彼は、板挟みの窮地に立たされるトーマに、何か助言したり、何か手助けしたりできないものかと、思案したが、まだトッキ人の文化について学び始めたばかりで、役立ちそうな案は、全く、頭に浮かんでこなかった。

ジェイズ: ごめんね。 なんて言ったらいいか、分からないよ。

トーマは手を伸ばすと、ジェイズの耳の後を掻いた。

トーマ: 心配しないで。 その時は、ちゃんと対処しさえすればいい。

ジェイズ: もし、たとえ、そうなっても、君一人じゃないよ。 僕が一緒だからねーっ。

トーマ: 感謝するよ。 でも、もう一つ、ある。

ジェイズ: えぇ〜っ?

トーマ: ここでの「事情」がどういう感じなのかって、理解してる。 誰かのボーイフレンドが浮気したとか、そうゆう話を、充分よく聞いたから。 それで、大半のカルパティの人たちにとって、セックスするのって、お互いに相手に対する独占契約みたいなものだなって、気づいた。 トッキ人は、そうではない。 「モノ」の人でさえ、そうじゃない。

ジェイズ: どういうこと?

トーマ: 例えば、君たちだったら、友達と出会って、ハグする時、あるよね?

ジェイズ: まあ、そうだね、そうする時もあるよ。

トーマは、その後、何も言わなかった。 そして、ちょっとしかめっ面をすると、頭をかしげた。

ジェイズ: って、君たちは、ハグするんじゃなくて、って、、、、えぇっ、ほんとに〜っ?

トーマ: 友達だけじゃなくて、その気がありそうな人だったら、誰とでも。 僕たちにとって、セックスは、単に、セックス。 それ以外の意味は、全く、ない。 こことは違う。 それでも、君は、大丈夫?

ジェイズ: 分からないよーっ。 そんな事、考えたこと、全然、ないもん。

トーマは信じられなさそうに、ジェイズを見た。

ジェイズ: はい、はい、考えたことありますよーっ、でも、ちょっと違うよ。

トーマ: だから、ジェイズは、それでもいい?

ジェイズは、その事について、ほんとに考えたくなかった。 特に、今は。 返事するのを躊躇した。

ジェイズ: 橋がある所まで来てしまったら、その時は、その橋を渡る必要があるんだろうね。

ジェイズは、どうしても話題を変えたいと思い、ベッドから飛び降り、自分の鞄を開けた。 携帯を取り出し、トーマの机の上のコンポの所まで歩いていった。 それは、幸いにも、カルパティ製の機器だったので、ジェイズの携帯を接続できた。

ジェイズ: トーマは、ここの音楽、何か聞いたことあるの? ナイトウィッシュって言うフィンランド出身の昔のロックバンドの曲を、アデルがくれたんだー。

ジェイズはコンポに携帯を差し込むと、コントロール・ボタンを操作し始めた。

トーマ: ジェイズ。。。

ジェイズは、トーマはまだこの会話を続けたいんだな、と思いながら、ボタンをいじくり回していた。

ジェイズ: おかしいんだけど、僕はメタル・ロックを聞くのが好きで、カオルみたいな男がチャラいアイドル系ポップスを好きなんだよねー。

トーマ: ジェイズ。。。

ジェイズ: トーマは、どんなの好きなのかな〜? 二人で一緒に、音楽、聞いたことなかったよね。

トーマ: ジェイズ!!

ジェイズは、これ以上トーマの嘆願を無視し続けることは無理だと思い、やっとの思いで振り返り、更なる悪い知らせの可能性に、心の警戒準備をした。

ジェイズ: なに〜っ?

トーマは、微笑みながら、ジェイズの腹の辺りを指差した。

トーマ: 次回ラウンドの準備、もう、出来てる。

ジェイズは見下ろした。 確かに、準備OKだった。

ジェイズ: 今度は、僕が、攻め役ーっ!!

ジェイズはコンポから離れ、ベッドに突進した。

つづく。。。

本エピソードのイラスト委託作成:
Miyumon
Jenova87
Kurama-chan

「都市」の画像は、「SimCity 4」の画面です。

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